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4年目の「バイバイ原発京都」に2300人が参加 [脱原発 脱被曝]

福島第一原発事故から5年が経過しました。京都の個人個人が主体となって呼びかけた「バイバイ原発きょうと」が始まって(2012310日に1回目)4年目となりました。東山区の円山野外音楽場に約2300人が「脱原発のための集会」とその後市役所前までのデモが行われました。

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棄民政策へ抗議 

 集会では主催者(同実行委員会)を代表して藤井悦子さんが「事故の翌年からオール京都で集会とデモを行って

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きました。今年は高浜原発再稼働運転差し止めという大変うれしいニュースの中での開催となりました。市民の粘り強い行動が司法を動かしたんだと思います。関電など推進派は早速抗告しようとしていますが、私たちは力を尽くして若狭の原発のすべての稼働をやめさせましょう。福島事故は収束せず、10万人以上が避難生活を強いられています。政府は汚染の土地へ人々を返そうとする棄民政策をやっています。私たちは避難の権利の保障を得ていきたいと思います。

   オリンピックまでに避難ゼロにしたい国と県

 主催者に次いで避難者からの訴えを福島市南相馬市から避難してきた福島敦子さんが話しました。途中で原発賠償京都訴訟原告団の二人が「認めて!避難の権利」と「守ろう!子どもの未来」と書かれた幟を演壇の横で持ち訴えたいことを可視化しました。

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福島敦子さんの話

「熱気に満ちたこの場に立ち話をさせていただくことに感謝申し上げます。事故のあった年の4月木津川市に避難してきました。11312日、私は大きな決断を迫られていました。朝7時過ぎ原発による緊急事態宣言が出され職場は避難してきた人たちでちょっとしたコミニュティになっていました。午後家に戻り市役所の防災無線が「原

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発が爆発しました。窓を閉めてください」ということを言いました。15時半を回ったころでした。私は開けっ放しでしたが、隣の方が顔をマスクで覆った姿で「閉めた方がいいですよ」と言いに来ました。夕方娘を実家に迎えに行き、この時「非難脱出しなければならないかな」という意思が芽生えていました。近くで怒号が聞こえ、爆発を携帯でみんな知りましたが近所の方は「逃げないとおばあさんは言うんです」と。こうしてみんな南相馬市民は窓を閉めて家に残りました。私は父母を説得して5人で避難することを決めました。子どもは防空頭巾をかぶっていました。カップラーメンを3つだけ持って何とか逃げました。飯館村に入る少し前から道路は込み始めていました。道の駅あたりは戻れないほどの大渋滞でした。その日村は車のテーランプで真っ赤でした。飯館の隣の川俣村に行きました。渋滞で動かないので警察の駐車場に車を止めて車中泊をすることにしました。凍えながらいると137時に警察の人が飯館村と南相馬市の境にバリケードをはりに行くと聞いて「戻れない」と思った私は福島市へ行くことに決めました。

私がこうして皆様の前で時間を共有していることができるのは12日に避難しなければならないと決断したからです。当時次々と爆発していく状況を東電の吉田所長さんは「すべてがいっぺんに爆発していたら対応できなかった。それで髪の毛1本の奇跡で乗り越えた。」私たち避難者はテレビを見ていましたが、次々と爆発することで「死」を覚悟しました。

原発事故が起きたとき死を覚悟することがある 

原発事故が起きたとき死を覚悟することがある。そして大きな決断は自分でしなければならない。それをお伝えしたいと思います。私が世話人をしている第10回の脱原発訴訟の口頭弁論があります。これは大飯原発差し止めの裁判です。315日です。先日高浜原発の差し止めが決まりました。これは福井と大津の原告や皆さんの努力の連携プレイだと思っています。3000人の原告をまとめる竹本さんは原発を止める3人目の裁判官は京都地裁から出したいと力強く話しています。1320分に傍聴券の配布が始まります。

もう一つ重要な裁判があります。私たち京都に避難する家族が原告になって東電と国を相手に「今後の施策をを講じるよう、そして避難の権利を」訴えています。大阪でも兵庫でも行って大きなうねりになっている裁判です。京都地裁の裁判は3251020分集合になっています。

これは強制的な帰還政策がすすんでオリンピックまでは避難者ゼロということにしたい福島県と国にうまく消されそうになっている私たちが闘ってるんです。福島県では被ばく問題がターブー視されて土壌汚染の深刻さも世界一です。人権侵害と無関心という中で闘っています。私たちは世界最大の公害に立ち向かう同志です。原発の稼働無き日本の未来を可能にしたいと思います。ありがとうございました。

 立地自治体の万能の権利を否定した大津地裁の差し止め決定

 原発なしで暮らしたい丹波の会代表児玉正人さんの話

京都北部を舞台にして人と人をつなぎ北部の脱原発の動きを強くするために活動しています。9日大津地裁は「30~70キロに住まいする滋賀県民29人の高浜原発の稼働差し止め請求」を受け入れました。共に喜びたいと思

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います。 近々名古屋地裁において老朽原発高浜1・2号機の差し止め裁判が始まります。そして大津地裁の差し止め決定は大きなふたつの内容をもっています。ひとつは福井県知事や高浜町長が「同意」と一言発すれば原発を動かせるという「同意権」を独占してきた立地自治体の万能の権利を否定し、被曝するすべての住民に同意する権利・拒否する権利があるのだということを明確にしたことです。

二つ目は新規制基準なるものが極めていかがわしいものであることをはっきりと示しました。新規制基準に合格すれば科学的に安全が保障されるということはもはや成り立たないのであります。その中でも特に避難の問題に光を当ててくれました。北部の私たちが逃げられないことを訴えてこの決定を支えていきたいと思います。

妊婦はWHOでさえ10ミリシーベルトなのに国は30倍で被曝強要

京都北部の避難の問題を申し上げます。30キロ圏内は逃げられません。逃がさせないというのが避難計画です。30キロ圏外は避難するところがありません。安定ヨウ素剤は飲ませません。被爆するのに任せるというのが現実です。そして30キロ圏内にはヨウソ剤が1本しかありません。事故が起これば逆走して配って回るというのです。滋賀県が配ってあるものを京都府はかたくなに拒んでいます。絶対にヨウ素剤は届きません。避難はできません。このことを南部の皆さんにも共有していただきたいと思います。

 もう一つ除染の基準についてであります。国の指針によると50ミリシーベルトという国際基準を大きく超えて6倍の300ミリシーベルトまで除染を認めないということです。つまり除染しないということです。18歳の子どもたち、妊婦はWHOでさえ10ミリシーベルトと定めています。この30倍まで被ばくを強要して除染せずに逃がすというのです。しかもその除染とはどんなものか。濡れティシュで拭くんですよ。衣服は、はたくんです。したがって放射能は避難先に持ち込まれます。つまり京都市、宇治市、精華町の皆さんが受け入れると放射能が持ち込まれることになります。したがって琵琶湖の水が汚染されるということだけではないのです。

 60キロ圏が汚染されれば京都府の三分の二が被ばくするということです。世界遺産やあらゆる資源が失われます。京都府は半ば消滅するんです。このような危機感が5年たってもし薄れてきたとしたら改めて決意し闘いを再開すべきだと思います。原発はすべて動かしてはいけないんだということを今日の合意としてみなさんと共有したいと思います。

次いで元TBSのジャーナリストで福島から避難してきた秋山豊寛さんが話しました。さらに関学教授のパク・スンジュさんが電力自由化を迎えるにあたって何をすべきかを講演。

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秋山さんの話の動画             パクさん講演動画16031212.jpg

 

 

 

 

 

 

 

講演の後はリオク&中川敬さんの楽しいライブが満席の観客を沸かせました。そして集会決議を採択し、60万円を超えるカンパがあったことが報告されました。

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集会議決案と集会賛同人 PDFバイバイ原発3・12京都決議文.pdf

集会の後京都市役所前までデモ行進をしました。市民個人に加え多くの団体も賛同していることもあって様々なアピールが工夫されていました。とくにサウンドを主体としたグループや子供がおそろいのユニホームで先頭を歩くグループ などが注目をあびていました。

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