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「げんぱついらない いまこそいおう」とコドモデモ [コドモデモ]

2月23日に京都の三条大橋から幼児が「げんぱついらない いまこそいおう」とひらがなで書かれた横断幕をもってデモしました。京都一番の繁華街の三条、河原町、四条を通り四条大橋まで約30分ゆっくりと進みました。5カ月や6か月、10か月の乳児を抱っこしたお母さんも一緒でした。幼児を中心に子ども約20人、付き添う大人約40人という規模でした。本当に大人は親御さんだけでなく全員がやさしいかおをする時間になった30分でもありました。写真は河原町通りのデモの皆さんです。右はデモを呼びかけた皆さんです。

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このデモはこの日で6回目となりました。日頃子どもを連れて原発反対のデモに参加できないことの多い親御さんとお子さんの参加しやすい時間帯と短時間のコース選定して始まりました。日曜日の昼前、子供のというより幼児の足で30分くらいの距離を目安にした結果前述のコースになりました。そして横断幕の文言や歩きながらのコールはネットで募集したりしてオープンな運営となりました。横断幕はデモ終了後のカンパで新しいものがつくられていきます。この日も2枚新調されました。その2枚を持つ子どもたちです。

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そして参加者自身も手作りの扮装をしたりしていかにも楽しそうなデモか伝わるでしょうか。

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終了後交流会が開かれました。それには参加できませんでしたがコドモデモのfacebookに掲載された文章を紹介します。

「今日もたくさんの方に参加いただき、素晴らしいデモができました!子どもたちもしっかり歩けただけでなく、横断幕や太鼓のばちを握りしめる小さな手には力がありました。
京都と言ってもとても広いのですが、驚くほどいろんな地域や市外からも集まってくださっています。交流会でも話になったのは、参加者がデモの成果をそれぞれの地域へ持って帰り、そこでの運動が芽吹きつつあるということです。本当にうれしいです!取り組みを続けていくことの価値を実感しました!
 コドモデモの新たなステー...ジとして、福井との交流を深めようということになりました。3月30日(日)には、原発見学ツアーを予定しています。子連れであっても知恵を出し合い、原発のあるところまで足を運ぶ。現実を自分の目で確かめる。こういう行動が再稼働を止める力になっていくと思います!ツアーについては追ってご連絡します。
 これからもコドモデモをよろしくお願いします!コドモデモからつながりましょう!!」

 早速その福井原発ツアーのfacebookイベントページが解説されました。即実行の早業ですね。↓

https://www.facebook.com/events/257177691122452/ 

出発前の記念撮影を待つ皆さんです↓

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2014年2月第3週キンカン抗議 [キンカン]

2月21日はやや暖かく17時4.5度、19時には少し高くなって5.2度でした。それでも春遠く寒い日でした。風があったからですね。この日関電京都支店前は若干いつもと比べて参加者が少なかった印象です。18時には70人でした。この日も京都タワー前で4人が参加を呼び掛ける街宣をしました。支店前路上には楽器を奏でる人が共演しました。また巡礼姿の和田さんが路上を行ったり来たりして「脱原発」を祈念する姿が印象的でした。(↓写真左はギターのナカイさん(左)、バイオリンの平賀さん(右)

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キンカンが始まって一番小さな参加者は「ちいちゃん」。大きくなってお母さんの手を引っ張るまでになりました。そう生後すぐに来ていましたからキンカン歴は一番長いかもしれません。↓写真左が彼女、右はフイナーレ時間に抱っこされて参加していました。

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また塩小路通りの関電の看板前には数々の名文句を引っ提げたフナコシさんがいました。いつもご夫妻で抗議しますが今日はおひとりというのが珍しいですね。聞くと「他の集会に行ってて分散しました」とか。このブログで「名言集」の特集をやらなければいけませんね。

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この塩小路通りの中央部分でのマイクの前にはいつも参加者の中でも高齢者となる村上さんの小さな横断幕が貼られています。時には三角旗だったり、暗くなると光源入りのPOPだったりと歩行者へのアピールど抜群です。そしてその横には関電に来る時も帰るときも写真のPOPをこれ見よがしに抱えながら一人フラッシュデモをやる高取さん。チラシまきの名人でもあり歩道でもいつもチラシまきに余念がありません。(↓左村上さん作、右高取さん作)

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この日に新調の横断幕を披露し「関電ふざけるな」と声高に叫ぶのは大学院生の小野さん。キンカンに太鼓なるものを持ち込んで一気に参加者を鼓舞し新風を吹き込んだのです。最近は太鼓からマイクを握り「ふざけるな」を連呼しています。そして防護服の寺野さんらと京都タワー前に18時から出張するメンバーとして活躍しだしました。(写真左は新調の横断幕を持つ小野さん、右は京都タワー前で訴える寺野さんなどのメンバー)

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不思議なことに西門の少し南側にいつも遠慮がちに1枚のPOPと提灯が置かれています。誰が置くのかわかるような気がしますが不明です。ちょっと取材不足ですみません。今日は↓のPOPが主張していました。

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そして西門でいつものメンバーに加えて「常連シリーズ」などという名刺大のPOP名刺を参加者に配るとうてらおさんや脱原発のハンストまでやる使い捨て時代を考える会の槌田さんなどが太鼓や笛、ギターの音に合わせ「来週も来るぞ、廃炉まで来るぞ」と声を枯らしてこの日の抗議が終わりました。21日は知事選挙に立候補予定の尾崎さんの集会が北区であるとかで彼を支持する人が駆け付けるべくタクシーに分乗していました。それで今日はいつもより参加者が少し減ったんかもという気もしました。(写真左西門前、右フイナーレ全景)

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「カノンだより」から原発と被曝でつながる [つながる場]

2月15日に京都市中京区の堺町画廊で鎌仲ひとみ監督の新作映画「小さき声のカノン」の制作メルマガ「カマレポ」上映がありました。監督の講演会で出会った郡山、いわき、世田谷(東京)から避難移住してきた人たちが「チームカマレポ」という名前をつけて風化しつつある原発と被曝の問題を共有する「つながる場」を作りたいと開いたものです。(下写真は上映の様子)。さらに京都で脱原発デモを続ける4人のリレートークがあり、「自分がデモに参加したきっかけ」などや、デモに対する思いなどを話しました。

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いわき市から京都市北区の山間部に移住している今北・長瀬さん夫妻のいどう出張レストラン「SIVA RESTAURANT」からカレーライスの提供されました。今北さんは「3月12日に爆発した映像を自分が見たのに政府が爆発ではありません。直ちに健康に影響はありません」というのを聞いて初期避難したといいます。また会場となった堺町画廊さんには火鉢に炭火という暖房を一部取り入れていました。ただその火鉢には「灰に一部放射能が含まれています。吸い込まないようにしてください。セシウム137で原発由来ではないようです」と張り紙がありました。写真はベジカレー

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さて、カノンの上映が始まりました。今年公開予定映画の制作現場からの最新レポートを「カマレポ」として配信しているうちのNO1~NO3が映りました。

NO1には1986年のチェルノブイリ事故から26年後のベラルーシでの取材。事故後定期的に甲状腺の検診を受ける働く女性たちの受診現場の映像が印象的。そして医師への質問の中で放射能データが明かされている。いかに年数がたとうとも消えない病気の発生を解き明かす。

NO2は昨年の京都イオンモールでの写真家亀山ののこさんの出版記念「100人の母たち」の会場からの映像が飛び出してきた。企画した女性たちや撮影に応じた母たちの言葉が語られる。そして首相に送るべき「七夕メッセージ」の東京にやってきた100人の母たちへの脱原発と被曝を避けたい子どもを守る思いが語られていく。

NO3は事故現場のウクライナの爆発現地に飛んでいる。そこでは4号機の状況や敷地内の技術労働者へのインタビューを通して「人」が「人」であるために現地や政府がやらねばならないことが語られる。日本との違いが浮き上がってくる。

上映のためのメルマガお試し版をユチューブでご覧ください。こちら↓

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=romLQiS4q0M

上映後車座でのトークタイムが始まりました。いわき市から避難してきた今北さんは「一番困ったのは車の燃料でした。地震から原発事故まで自分の住んでるところは生活インフラは大丈夫でした。電気もOKだったので事故を知りえました。しかし海側は津波に右往左往していましたので原発事故は放射能が見えないこともあって逃げるという感覚は多くの人に少なかったようでした」と話しました。(↓車座トークと会場の様子)

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さらに今のいわき市の状況は「避難した人が2000人に対して、避難してきた人が20000人。避難してきた人にはお金が出ているのでもとの住民との確執が生まれています。避難したくて住むことになったわけでもないのですがお金が絡むとこうなるんですね。」と締めくくりました。

脱原発デモに参加し続けている人5人がリレートークを始めました。この日も展示されていた「キンカンバッジ」や「脱原発ステッカー」の制作にかかわった堀林さんは次のように語りだしました。

「地震は後で気がついたんですが実は仕事中目が回ったんでそれが地震だったようです。どうも原発の状態が悪いという情報が流れていました。いきなり爆発映像が流れだしてヤバイと思いました。もんじゅの事故で原発は怪しいというのが疑問の始まりでした。政府は責任を負わずにきている。結局原発そのものが詐欺だということにたどり着いたんです。全部だましなんだと」。「それで黙ってるのも嫌なのでどこかで鬱憤晴らしをしたかった。デモを探してるうちにキンカンにたどり着きました。ミニチュアの制作なども通してデモ仲間とのつながりもできて続けるしかないかなという気持ちです」

次いでこの日デモ写真を提供した竹内さんは

「浜岡原発の事故シュミレーションを雑誌で見たことがあって、それと同じことが福島で起きた。シュミレーション以上のことが起きてしまった。これが原発への想いの始まりでした。それまでは日本の原発は安全だと思っていました。事故についてテレビとネットでは情報にえらい差がある。テレビは同じことを言い不誠実極まりないと思いました。このことに腹も立ちました。大飯原発再稼働反対をキンカンで言っていることを知って7月の頭くらいから行きだしました。道行く人に声で訴えて「なんでやってるのか」考えてほしいなという思いでした。そのうち写真を撮り友人がそれをブログで発表することになった。記録することも大切だということになったんです。参加者は怒りだけでなく楽しんでもいる。それが撮れたらなというのが続けていることにつながりました。金のある人の嫌がることを楽しみたいのですね」

↓写真左は堀林さんや竹内さんのバッジやアルバム。右は楽しむデモの写真展示。

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次いでトークに参加した寺野さんは

 3・11以前は何にもしてなかったんですが、事故そのものにも怒りましたがそれよりも政府が食品の安全基準の数値をあげたことに「殺される」という思いが強くなりました。それに怒りが込み上げてきて今に至っています。それでもデモに参加するというのは私には敷居が高かった。11年11月に「怒涛のドラムデモ」というのがあって参加しようと出かけたんです。それでも一緒になれず三条大橋の上から見送ったくらいでした。細野大臣ががれき焼却説明で京都駅に来たときにとんでもないと駆け付けたのがデモデビューになります。福井市でのデモにいった時防護服の人がいた。これはいけると思ったのがその恰好をしだしたきっかけでした。ネットで売っていたので買いました。キンカンが始まってたのでそこがデビューでした。僕にとってはデモは社会を変えたいということと、社会によって変えられたくないということもあるんですね。デモが無かったら今の「原発ゼロ」ということができていたかどうか。目に見える形のデモだからこその成果だと思うので継続しないといけませんね。

↓写真は11年11月27日の「怒涛のドラムデモ」(左)、右は細野大臣の京都駅での説明会の様子(2012年3月31日)

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4人目の布川さんがパソコン片手にどういうデモに参加しているかやデモ動画などを映像を交えながら話しました。「2011年4月の大阪のデモに参加して以来続いています。ただ、今は脱原発だけでなく沖縄問題や京丹後のアメリカ軍レーダー基地建設反対、秘密保護法の反対・廃案のデモにと間口が増えています。さらにはレイシストに対するカウンター活動も多くなっています。去年からは自分たちがデモの企画をして実行することも始めました。脱原発デモがきっかけになって「金とるなデモ」というのもやってきました。若い人が参加しています。消費税、学費、奨学金、生活保護についてもテーマにしたデモをしてきました」と話しました。

↓写真は左が2013年5月5日の「金のないやつからとるのやめなはれ」デモ、右は2014年1月26日の秘密保護法反対デモでドラムを引きながらの訴え

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終わり近く最近のデモに対する市民の反応についても意見交換された。そしてカレーを提供した長瀬さんは「お国のやることは間違いがないという中で育ってきました。デモはしたことはありませんでした。原発反対のデモに参加してみてデモはいいんだ。やってる人は普通の人なんだと思いました。参加しようと思います」と話しました。


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2014年2月第2週キンカン抗議 [キンカン]

2月14日は早朝から積雪と降雪がありました。京都市内は南部から北部まで14時過ぎごろまで降っていました。キンカンの開始時刻17時は気温3度、終了時19時も3度でした。終了間際から小雨が降り出しましたが約120人が参加しました。(小さい画像はクリックすると大きな画面ページに移行します)

まずは14日の京都市内叡電修学院界隈の雪景色をご覧ください。

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参加者の持参したPOP抗議です。左は暗闇に大きく浮かぶ文字を入れ、なかにLED豆球を入れて電池を電源にした苦労の抗議となりました。右は抗議初登場の電子版(タブレット使用)によるもので文字が2色点滅するというものでした。最後は雨の水滴がついたいましたが「このくらいなら大丈夫ですよ」と本人の言葉でした。

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さらにはアンパンマンが反対を訴えたものや若い方数人が「福井県の原発が爆発したらこの範囲が住めません」と高々とかざして「再稼働反対」と声を大にしていました。

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また、西門では太鼓の音が鳴り響きました。太鼓にいろんな抗議グッズをつけている方も参加者の声に負けずと懸命に音を出してアピールしていました。また、この日は抗議が始まって初めてという京都タワー前に「キンカン」宣伝隊が4人ほど繰り出しての参加呼びかけのいわゆる街宣活動を約40分続けていました。その甲斐あってか18時に100名の参加だったのが終了時には120名と増えていました。

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西門前ではこの日のバレンタインデーにちなんで参加者や関電の守衛さんにチョコレートを配るという光景も見れました。フイナーレの様子が下の写真です。

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2014年2月第1週キンカン抗議 [キンカン]

2月7日の17時から19時まで関電京都支店前でのキンカン行動がありました。参加者130人でした。この日は気温4.3度~3.7度、風速5.3~2.7メートル、晴れという条件でした。

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寒さの中でも際立ったのは西門前で激しく打ち鳴らされたドラム缶ビートでした。黄色いドラム缶のには「放射性廃棄物 20110520-30 東京電力福島第一原子力発電所」と印字されていました。防護服を着た男性がリズムよく蓋をたたきます。これが意外と高音で乾いた音なので良く響きました。ただ毎週打ち鳴らされる太鼓とは音源が違うということで少し気がめいるように筆者には感じられました。

1月30日福一1号機から「1時間最大3.4トンの汚染水が漏れている」と東電は発表しました。燃料を冷やすため1時間4.4トンの注水を続けている。その約8割が外に漏れているという惨状ということになります。メディアはこのことに触れないので地球の生態が汚染され尽くすのを知る市民がどれだけいるか心配になります。同時にこのことを隠し続ける政府やメディアの犯罪性が問われることになります。

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このことを知れば知るほどドラム缶ビートが激しく打ち鳴らされました。今や東電に代わって電事連の会長を務める関西電力に対する抗議は若狭の原発再稼働と相まって命を脅かす存在として象徴的でもあります。

聞きなれない音に対して制服の警察官が入れ替わり立ち代わり2名「注意」らしき文言を伝えにやってきましたが大きなトラブルにはなりませんでした。また、新町通りを赤い走行灯を点滅させながらパトカーも南行していきました。

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ドラム缶には西門近くで抗議していた数名が音出しに参加して一層の抗議の声をビートに託しました。また、地元の防護服の男としてキンカンに毎回参加している寺野さんはこの西門ドラムを記録しようと撮影する一コマもあり東西の防護服抗議の貴重なショットを提供してくれました。さらにはこの日がソチ冬季五輪の開会式があるということでいまやキンカン専属カメラマンとなっている竹内さんがロシア風の外套と帽子で撮影に参加したのも印象的でした。


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京都で秘密保護法をロックする府民行動 [秘密保護法]

  2月6日の17時から京都市下京区の四条河原町で秘密保護法の廃案を求める府民有志約60人が「秘密保護法の危険」「知るべき情報の秘密が怖い」などの街頭活動を行いました。この日は法律が強行採決された政権与党の暴挙を忘れないために「ロックアクション」と名付けられて大阪・東京などと共に一斉に街に繰り出しました。

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京都ではそれこそ名もない市民・府民が一人一人マイクを握りそれぞれの想いをスピーチしていました。参加した人はチラシを配ったり反対の署名活動もおこない、またボードに「反対」「賛成」などの投票行動もお願いしたりしていました。反対の意見が多いようでしたが実施した人によると「わからない」というのも多いですねと話していました。

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この後木屋町仏光寺公園に移動して河原町通りを市役所前までデモを行いました。通行中の歩行者も関心が高く、当初の80人から100人に人数が増えていました。街頭活動には身長2メートル50センチにもなろうかという通称「カオナシクン」も左に「秘に「命」胸に「秘」といううちわボードを振りながら参加しました。3月も6日に同じような街宣とデモの予定だそうで多くのみなさんの参加を願って解散となりました。

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秘密保護法全文 [秘密保護法]

秘密保護法の全文です。PDF使用

特定秘密の保護に関する法律.pdf

2月6日は秘密保護法をロックする日。京都でも府民有志の宣伝活動とデモがあります。ご参加お待ちいたします。

2・6【秘密保護法廃止ロックアクション】in京都
◆開催日:2014年2月6日(木)
◆午後5時~午後7時四条河原町マルイ前街頭アピール
◆午後7時より仏光寺公園(河原町仏光寺交差点東へ30m突き当たり)から京都市役所までデモ行進

世の中を秘密だらけにし、民衆を弾圧する秘密保護法を許すわけにはいかない!市民の力で秘密保護法を廃止に追い込もう!秘密保護法が強行採決された12月6日を忘れず、秘密保護法に鍵を掛ける(ロック)まで闘い続ける誓いの日が『6』(ロック)日です。毎月6日は秘密保護法廃

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