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バイバイ原発3・8きょうとNO3写真特集 [バイバイ原発京都]

3月8日の集会・ひろば企画・デモの写真の特集です。(クリックすると大きい画像になります)

集会には2500人が参加しました。すでに紹介した挨拶で福島の現状や非難した方の訴えがありました。(NO1とNO2)ほかに金子 勝さんの講演と制服向上委員会が3年連続で舞台で思い切り「脱原発」をうたい上げました。左から講演する金子さん、制服向上委員会、バックダンサーズの皆さんです。

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さらにステージにはこの日の呼びかけ人の皆さんが座りました。あえて名前を書きませんがいかに脱原発をリードしてきた個人が集まっています(左)。ステージ向かって右側には挨拶した人や政党代表、国会議員が並んでいました(右)。(中)はステージから客席を写したものです。

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順番が逆になりましたが集会の冒頭は震災の黙とうを1分間行っています。左が場内、右が壇上です。

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なお、この日採決された集会決議の全文はこちらです。→集会決議.pdf

主催者代表佐伯さんと福島原発告訴団地脇さんの話しはNO1でこちら

福島市から避難している、うのさえこさんの話はNO2はこちら


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「バイバイ原発3.8きょうと」に2500人。その2 [バイバイ原発京都]

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「バイバイ原発3・8きょうと」には福島市から避難の うの さえこ さんが事故後の苦しみを述べるとともに多くの方に支援をいただいたと感謝の言葉を真っ先に話しました。そして「目を凝らしましょう」と「耳を澄ましましょう」とその思いを語りました。そしてそんな中で強く訴えたのは 

SFO_0520.jpg「私たちが恐れるのは嘘です。幻想の上に町を再建することです。

人々が被曝し続けることです。声なき無実の命たちの未来が奪われていくことです。

私たちは変化を恐れません。恐れるのは悲劇を直視せず、悲劇を生み出した社会に固執することです。

と語ったことに尽きています。そして人々が放射能におびえることなく、被曝を強いられることもなく、地球という自然に調和し、つつましく豊かに暮らす世界に」と結んでいます。

以下お話の内容です。文責は堀内隆喜にあります。

うの さえこさんのお話全文

(PDFはこちらで読めます)うのさえこさんのお話全文.pdf

201438日バイバイ原発きょうと)

 福島市に3年前は住んでいました。昨年の4月から京田辺市にお世話になっています。

 あと3日で3月11日がやってきます。3年前のあの日福島市はとっても寒く、今にも雪が降りそうな灰色の空を想い出します。あの日から今日までやむことのない原発震災の中で亡くなっていったすべての方の命に祈りを捧げたいと思います。たくさんの命が失われそしてその未来を変えられました。避難の困難の中で亡くなっていった命、津波を生き延び助けを求められながら失われた命、絶望の中で自ら断たれた命、原発の収束作業の中で失われた命。動物、鳥、魚、虫たち、無数の小さな命たち。

SFO_0519.jpg私は福島市でしたので津波の被害には遭いませんでした。でもこうやってたくさんの命が失われていく中で私は偶然にも生き延びているのだと。そしてたくさんの人の支えがあって生き延びているのだと感じています。

この集会で挨拶のお話があって何を話せばいいのかと悩んできましたが、時がたつにつれて誰にどのように何を伝えればいいのかとても難しいと感じています。

 まず伝えたいことは皆さんにお礼を言いたいです。被災者、避難者たくさんの支援をいただいてきました。本当にありがとうございます。

 それから開会の挨拶をされた佐伯さんのように長い間、原発・核の問題に警鐘を鳴らし続け声をあげてくださった皆さん本当に今までありがとうございました。

 ここにたくさん来ていると思いますが被曝から移住してきた方、京都には本当にたくさんの方が来ていて新しい暮らしをたてようと必死で頑張り続けてきています。その中で雇用や検診や健康相談会や子ども支援法や原発の問題、瓦礫の焼却問題、避難者自身が立ち直るための様々な交流の場を避難者自らが支援者と共に今まで続けてきたと思います。本当に敬意と感謝の気持ちを申し上げたいと思います。

 この三年間一人一人が必死に生きてきました。まるで戦争の中で生きているような気がします。最近になってそれが増々現実味を帯びてきているように感じています。一方では軍国化のような流れ、そして先ほど地脇さんがお話になったように福島を始めとして汚染がある地域では被曝の受忍が強要されるような流れ、原発が再び推し進められようとしている流れ。この三つの流れの中で私たちが手を結びあってそれぞれの場所で声をあげ続けていきたいと思います。

これから読み上げるのは事故に遭って三か月後に広島で読んだものですが一部を変えて三年後の今日にもう一度読ませていただきます。

 目を凝らしましょう

  見ええない放射能に

  原発事故発生後五日間で放出された放射能は77万テラベクレル

  チエルノブイリ事故の七分の一広島原爆の470個分のセシユウムが

  環境中に解き放されてしまいました

  そして毎日

  空へ、海へ、大地へ大量の放射能が流れ出ています

  それらは生物に入り込み蓄積されています

 目を凝らしましょう

  今、命を削りながら必死の作業を続けている人たちがいます

  大量の被曝を強いられ恐怖と疲労の中で

  私たち社会の命運をかけて働く人たち

  愛する息子が今日も原発事故現場へと家を出ていくのを

  たまらない気持で見送る母親がいます

 目を凝らしましょう

  今、たくさんの人々が被曝を受忍する暮らしを強いられています

  チエルノブイリの強制避難地区と同じレベルの汚染地で

  人々が普通の暮らしをするように求められています

  除染しても戻ってしまう放射線量

  野積にみされる、谷を埋めるプレコンパック

  発見され続ける甲状腺がんや健康の不安

  いつしか人は疲れ果て

  放射能への警戒心を手離していきます

  大丈夫なのかもしれない、仕方ないと人々は村に帰り

  田植えをします

  子ども支援法をねじ曲げられ

  帰還政策と安全キャンペーンが推し進められていきます

  本当の自由と権利を奪われ

  人々の間に分断がさらに押し付けられています

 目を凝らしましょう。

  たくさんの人々が命と最小限の荷物を持ち避難しました

  怒りと悲しみを抱え

  命を守りたい強い意思を持ち

  新しい暮らしを選択した人々が

  ここ京都で、この地で未来を探しています

  原発という存在、死の灰という恐ろしさを

  身をもって味わった人々が勇気をもって声をあげています

 耳を澄ましましょう

  赤ん坊の寝息 子どもたちの笑い声に

  この世界を信頼し裸で生まれてくる赤ちゃん

  世界のすべてを吸収して日々成長する子どもたち

  私たち大人はそれにどうこたえるのでしょうか

 耳を澄ましましょう

  まだ生まれぬ命たちのささやきに

  私たちの命が希望を託す

  この小さな声たちが何と言っているのか

  聞き取れるでしょうか

 耳を澄ましましょう

  生きている地球の鼓動に

  私たちは動く大地の上に町を建て

  一瞬の命をつないで生きてきました

  次の巨大地震はいつどこに来るのでしょうか

 耳を澄ましましょう

  自分の心の声に

  もう二度と3・113月11日以前に戻ることはありません

  海にも空にも大地にも放射能は降り注ぎました

  私たちは涙を恐れません

  私たちが恐れるのは嘘です

  幻想の上に町を再建することです

  人々が被曝し続けることです

  声なき無実の命たちの未来が奪われていくことです

  私たちは変化を恐れません。

  恐れるのは悲劇を直視せず

  悲劇を生み出した社会に固執し続けることです

  私たちの中の原発に私たちは気づいています

  私たちはそれを乗り越えていきます。声をあげ続けます

  私たちは行動し続けます

  人間性への深い信頼を抱き連帯なくつながります

 目を凝らしましょう

  未来の世界に

  人々が放射能におびえることなく 被曝を強いられることもなく

  地球という自然に調和し

  つつましく豊かに暮らす世界に

  

ありがとうございました。

  PDFでご覧になりたい方はこちらへうのさえこさんのお話全文.pdf

  映像をご覧になりたい方は秋山理央さんのユーチューブをご覧ください


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「バイバイ原発3・8きょうと」に2500人(その1) [バイバイ原発京都]

3月8日、京都の円山公園と野外音楽堂で福島原発事故3年目を受けて「脱原発」を一人一人が行動しようと集会があった。今回は3回目となり福島事故告訴団や京都に避難している人の話と慶大教授金子 勝さんの話がメインとなった。参加した2500人は集会の後京都市役所までデモで繁華街を歩く人に「脱原発」をアピールした。デモの先頭↓

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集会では主催者を代表して農業を営みながら脱原発活動を40年にわたって続ける佐伯昌和さんがSFO_0512.jpg

「原発ゼロが続いています。今それが当たり前になっているがゆえに福島からの距離に合わせた様に事故の風化が進んでいます。それを良いことに東電に事故の反省は全く見られず責任をとろうともしません。非常に悲しい現実が続いています。私たちは福島のみなさんの想いを共有し何ができるか考えたいと思います。政府は規制委員会にゲタを預ける形で再稼働をもくろんでいます。関電は高浜3・4号炉を再稼働させようと必死です。3号機はプルトウニュウムを使うプルサーマルが行われます。生きとし生けるものすべてを命の問題として再稼働を許してはなりません。選択肢はただ一つです。脱原発社会の早期の構築です。今日、明日そして16日全国で脱原発の集会が行われます。さらにこの輪を広げましょう。

地脇美和さん↓

SFO_0514.jpg 続いて福島原発告訴団の一人で子どもたちを放射能から守る福島ネットワークの地脇美和さんが次のように話しました。(概略)

自家用車のガソリンはいつも満タン

 事故は全く終息していません。緊張状態が続いています。自家用車はいつもガソリンを満タンにしています。原発作業員は1日3000人で内7割が福島県民といわれています。多重派遣で作業員の線量管理、労働安全管理守られていない実態があります。汚染水がタンクから漏れています。地下水の濃度も上がっています。放射能測定のミスで過少に報告していました。測定も原因究明も東電任せです。原子力規制員会は再稼働審査にどっぷりつかっています。

子どもの甲状腺がんすでに74人

 今年2月福島の子どもたちの甲状腺がんは確定33人、疑い41人で合計74人になりました。通常100万人に一人といわれています。国・県・医大は検査機の性能向上で「たまたまみつかっただけ」と言い張り決して事故との関連性を認めません。もしそうだとしても、もしそうだとしたら全国での調査が必要なはずです。県民健康管理検討委員会の秘密会が「がん発生と原発事故の因果関係はない」と口裏を合わせるようシナリオを作りました。秘密会の存在自体を隠しました。県民には安全だからヨウ素剤を服用しなくていいと言っておきながら医大の医師、職員、家族、学生は服用しました。健康被害は甲状腺だけでなく子供も大人も様々な症状があらわれる可能性があります。支援法の理念に基ずいて予防原則にたった健康管理体制を実施すべきです。

新たな安全神話に巨額予算

政府は4月1日警戒区域の避難指示を解除します。再除染なしで個人に線量計配布して各自が線量管理をすること。学校を再開してバスで避難先から元の学校に通うことになりました。三春町にはIAEAが常駐する環境創造センターが建設されます。新たな放射能の安全教育の場になります。小学5・6年は必ずそこに訪問させることになっています。また帰還に向けた放射線リスクコミニュケーションというのを出してきました。草の根から放射能安全対策を広めそのリスクの名前のもとに新たな安全神話の確立に巨額の予算が投じられています。

被曝について一人一人を分断する政策

低線量被曝には健康被害のデータがないので大丈夫だと盛んに宣伝しています。しかし歴史を見れば明らかなように事故の実態と被害は過小評価され隠され嘘の情報が流され続けています。いつの間にか心配する人と心配しない人が対立させられものが言えない雰囲気がつくられました。

無責任体質は再び新たな被害をもたらす

5742人が原告団として東電や官僚を告訴しました。検察は強制捜査を行わず、福島から東京地検に案件を移送しその1時間後に不起訴を決めました。検察審議会に福島県民が入るのを恐れたからでしょう。県内の市町村長も憤りの声が上がりました。検事はまるで東電の顧問弁護士のようでした。

被害者だけが泣いて終わる無責任の日本史に終止符を打ちたいと思います。無責任体質はまた新たな被害をもたらします。今回の事故は私たちのあり方を問うています。課題は山積みですがまず原発をなくし山積みの課題を、今何をなすべきかを皆さんと一緒に考え行動しながら私たちが生き延びていく道を探っていきたいと思います。(文責堀内隆喜) 

↓黙とうする集会参加者

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次回に福島市から避難している宇野さえこさんのお話を掲載します。


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