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京都府知事選挙で自公民立希候補「選挙に勝っても勝負では負けた」 [地方選挙]

48日京都府知事選挙の投開票が行われました。自公民に立憲民主党、希望が推薦した前復興庁次官の西脇隆俊さんが402,046票で当選。共産党と新社会党・緑の党が推した弁護士の福山和人さんが317,356票で落選しました。オール京都を標榜し知事や京都市長・全府下の市町村町長や連合京都・京都財界が推した「活力京都」の西脇候補に対したのは「つなぐ京都」に集まった名もない市民と総評などの民主府政の会が主体でした。


開票を前に西脇陣営は5:1で勝利すると意気込みましたが結果は5.54.5という結果となりました。選挙に勝ったものの勝負には負けたと言えるかもしれません。府下全域でリードしましたが唯一京都市左京区では福山候補が2,581票の差をつけて勝っています。


 投票率は前回から0.73ポイント上がったものの35.18%という史上2番目の悪さでした。国政で対立が続く政党が一緒に手を組むというわかりにくい構図が投票をますます遠ざけ、有権者が人任せや政治不信に結び付ける行動だったともいえるかもしれません。


なお、京都フォトニュースは今回の選挙は立場を明確にして「つなぐ京都」の呼びかけ人に加わりました。写真は記者会見場で呼びかけ人の一人西郷南海子さんからねぎらいの花束を受ける福山候補。


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すでにテレビ5社と新聞各社にIWJと京都フォトニュースという布陣。KBSは生中継ですかね。午後8時すぎにKBSはいわゆる「ゼロ打ち」という放送。つまり投票箱が開いてもいないのに「当確」や「当選」という放送。ある程度の接戦予想を覆した。これにはつなぐ京都スタッフやマスコミ現場各社もびっくり・唖然で重たい空気が流れました。深夜に判明した投票結果は5.54.5だったことを考えれば、なんか仕組まれた生中継の感が強かった。


 テレビはその後準備された当選セレモニーを延々と放送。敗れたとされるつなぐ京都の会見場は、そのセレモニーが終わるまで中継を待たされる結果になった。これは判明する票差からして負けた陣営に投票した有権者を無視した報道だったのではないだろうか。ましてや今回は勝者と敗者が一人というのにだ。こういのはニュース価値よりも有権者の思いがどれだけ開票の中に含まれるかを推し量るならやめるべきではないのか。


 おそらく西脇陣営は票差がある程度あればそうするようにつまり「圧勝」の印象を植え付けたかったんだろうな。そういえばKBSは府・市の広報番組の予算が結構あるはず。ここらの調整は報道機関としてあったのかなかったのか疑いたくなった。


 写真はテレビのモニターから流れる放送を重苦しくうける会見場の様子。各社の記者もカメラもその表情でした。


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京都の梅便り [京の四季]

 

桜の前は梅。今が京都の梅名所も見ごろです。まずはなんといっても北野天満宮。ここ一番の梅と背景のマッチするのは地主社前の紅梅です。紅と紅が重なる模様は春来たるを実感させてくれますね。

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 ついでこれはすごいのひとことに尽きるのが城南宮の梅園。なんといってもしだれ梅の競演は桜と勘違いのこれは「春」そのものですね。そしてちりゆく落ち椿のも映える光景をお見逃しなく。

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 梅の次は桃その次は桜だ!と叫ん出るのが京都御苑。広々とした苑内に梅は点在するのですがロケーションぴったりは建礼門通りの南端に堂々と咲くの高木の紅梅。付近には早咲きしだれも待ちかねます。

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 京都らしからぬ無機質コンクリート校倉造りを背景に咲くのが国際会議場の庭。宝ヶ池には梅園もあるのですがこの異色ぶりを紹介しておきます。なんと池の東散歩道から丸見えなので無料で見えちゃいます。

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 穴場と言えば街のど真ん中の下御霊さんの紅梅2本。こちらは狭い敷地に咲いてるのですが人が少ないので散り梅のピンクのじゅーたんとのコラボが美しい。お持ち帰り可能の名水も湧き出てるので「水」もお楽しみを。

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 名前に梅がつくくらいなので名所なんですが梅苑は有料。しかし門に入る前から紅白の梅が飛び込んでくるんですよ。境内にも低木の白梅がお迎えでお賽銭を入れたくなりますよ。様々な梅が咲くので長い期間楽しめます。

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 比較的遅咲きが随心院の小町梅園。3月の最終土日の「はねず踊」の頃が見ごろで、この踊りの菅笠にさす梅花の薄紅をはねず色と呼ぶくらいですから。小野小町を恋した深草少将の百夜通いを想いながら踊りと梅の両得というわけですね。

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 市内を離れると春一番は長岡天神でしょう。八条池を見渡すように梅が咲き誇り名産筍を食べるお店が古風な風景を作っています。もちろん梅苑もありますよ。梅が過ぎ筍を食べる季節には真っ赤な霧島つつじが圧倒すします。

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タグ:梅名所
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原発被害者京都損害賠償訴訟で判決 [脱原発 脱被曝]

「国と東電の責任明確化。事故は予見できた。自主避難者の損害を一部を除いて避難後2年に限って生じたものにのみ認める」

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一部勝訴と判決

 31510時過ぎ「国は賠償責任がある」という判決が京都地裁でありました。174人・57世帯に国と東電は「福島原発事故の被害者に損害を与えた。避難区域外の避難者にも避難する権利があることを一部認めた。避難から2年経過するまでの損害のみ認める」としたのです。
 判決を一部勝訴とした弁護団は特に「損害を避難時から2年経過するまでに生じた損害についてのみ」とした点を問題にしています。(そのほかの問題点については<原発被害者訴訟「京都地裁判決」についての声明・合計3画像>を参考にしてください。

今回の原発損害京都訴訟の争点は
1・予見可能性の有無について
2・被告東電の責任について
3・被告国の責任について
4・避難の相当性について
5・損害の各論について
以上5点でした。

 損害については174人の原告のうち請求が認められたのは110人、棄却が64人で請求額は85千万円のうち11千万円を認めた。

10Mを超える津波が到来することは予見できた。国は最新知見に注意を払うべきで、公式見解に疑問点があれば積極的に検討を行うことで安全性の向上を図るべきである」

「東電の賠償責任を認めた。原賠法の存在を理由に民法709条の適用を認め無かった。」

「国は津波到来の危険をある程度具体的に予見すること十分可能であった。権限行使は困難ではなかった。平成14年以降遅くとも18年末時点で国は権限を行使していれば事故を回避できた可能性は高い。」

「低線量被ばくの科学的知見は未解明の部分が多く、年間1m㏜を超える地域からの避難及び避難継続はすべて相当することにはならない。
 また年間被ばく20m㏜という基準は一応合理性があるということができるものの政府の避難指示基準がそのまま判断基準ともなりえない。
 避難指示は事故と因果関係があるといえるものの、そうでない避難であっても社会通念上避難を決断することもあり得る。

 避難の判断基準としては(ア)避難指示など対象地域居住者が避難した場合(イ)自主的避難区域対象区域居住者は(A)平成2441日までに避難したこと(妊婦または子どもを伴わない場合は時期を別途考慮)(B)同居の妊婦または子どもがAの条件を満たし避難から2年以内に同居するため避難した時(C)自主的避難対象区域外居住者であっても事故原発からの距離
避難指示対象区域との近接性政府・地方公共団体からの放射線量情報居住市町村の自主的避難の状況非難を実行した時期自主避難対象区域との近接性避難所帯の子どもや放射線影響をとくに懸念しなければならない場合など

最後に損害各論については
「避難指示の有無にかかわらず避難先での生活継続による損害も事故と因果関係があると認める。避難指示が続く限りはその避難生活に伴う損害は事故と因果関係がある。

 「自主避難であっても避難生活を継続することはやむを得ずその損害も事故と因果関係がある。ただし避難時から2年を経過するまでに生じた損害のみ因果関係がある」としている。


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報告集会で思わず涙する原告団福島共同代表



京都地裁判決声明=原発被害者訴訟原告全国連絡会=声明-1.pdf


原告が争点にしたことは↓

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「バイバイ原発3・11きょうと」に2500人 [バイバイ原発京都]

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311日の午後京都市円山音楽堂で「バイバイ原発3・11きょうと」が2500人が参加して開かれました。今年は315日の原発賠償京都訴訟の判決前ということで原告団の皆さんが登壇してその思いを一人一人が語りかけたのが特徴となりました。さらに避難者の管野みずえさんも登壇して「京都も今原発事故を受ける。皆さんは3・11を生きているのです。デモしたから安堵せず一歩踏み出しましょう」とあってはならない事故への懸念を訴え、止めるために動くことを訴えました。また民謡を中心にした持ち歌を羊歯明神の3人が歌い上げ会場を盛り上げました。

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管野みずえ さん

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羊歯明神(しだみょうじん)の他の写真と観客

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この後四条・河原町経由で市役所前までデモに移り「再稼働反対」と歩行者に呼びかけました。今年は4か国語のプラカードも用意されて増えた観光客にも呼びかけました。

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 また、この3月15日に京都地裁で原発賠償京都訴訟の判決があり、原告・弁護団の田辺事務局長が「自主避難者だけの賠償判決は全国で初めてなので是非9時25分からの傍聴券抽選においでください。」と話しました


田辺弁護士事務局長の話(概略)

 自主避難者に対しては248月までに援助が終わります。そして政府は被害者に対して安全であるかどうかを一度も説明したことがありません。今ここにいる皆さんは年間1ミリシーベルトを基準として放射能から守られています。被曝地でこの基準を超える年間20シーベルトが基準となっているのはなぜか。にきちんと説明したことがありません。法律家の私が訴訟を通じて納得ある説明も受けていません。

  事故のあった平成2312月の低線量に関する被曝のリスク管理のワーキンググループの「放射線による発がんのリスクは100ミリシーベルト以下の被ばくでは他の要因の被爆の発がんに隠れてしまうほど小さい。」としたことにお墨付きを得たとしています。しかし20ミリシーベルトという基準で帰してしまうとわずか数年で100ミリしーべるとシーベルトを超えてしまう。

 滞在して被曝している人たちと避難している人たちとの間で分断ともいえる認識の違いが生じてしまっています。国や東電が責任ある説明をしてこなかった結果、避難している人たちが被曝リスクを口にすることが風評被害だと思っている人たちがいます。あるいは被曝を受け入れて生活することを肯定することが被災地に寄り添っていると口にする人も出てきました。

 事故のことを忘れてしまったとしたら、幼い命に責任を負っているとしたらどうなるでしょうか。被災地の方はリスクを受け入れているわけではないと思います。国を信じてとどまっているのではないかと思います。どうしょうもないから一人の市民に何ができるというのでしょう。すべてを放り出して逃げることは普通にはできないわけです。こういう中でさらにここにきて自主避難者には一切賠償をしないと公言しています。

 避難した人は重い決断を誰に頼ることなくたった一人で成し遂げてきました。京都の私たちはその方たちに今こそ寄り添うべきだとおもいます。7年たってすべてがここに向かって(*自主避難者への援助などを打ち切ること)許容する空気が蔓延する今だからこそ、政府はとどまっている人には誠意ある説明をすること、汚染された地域で住むための支援を誠実にすることを願っています。避難者自身は故郷を離れている選択を認めて欲しいと心から望んでいます。

  315日自主避難者だけの初めての損害賠償の判決が行われます。裁判にどうぞご注目ください。

(文責:京都フォトニュース)


原発賠償京都訴訟原告の皆さんの動画https://www.facebook.com/sakyokyoto/videos/1627212257366728/


弁護団事務局長挨拶動画https://www.facebook.com/KFNnews/videos/2066622113613115/


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以下デモの様子



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集会とデモで使われたプラカード


スペイン.png ハングル.png 

英語.jpg 中国語.png 

 



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京都府知事選挙に福山和人さん立候補表明 [地方選挙]

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 2月24日夜、4月の京都府知事選挙で立候補する予定の福山和人さんと選挙の枠組みとなる団体「つなぐ京都」の政策協定記者会見がありました。会見には子連れのママを含む約25人の個人・グループ代表が後ろに控えました。前列には福山さんの他同じ弁護士事務所の小笠原弁護士、長く農薬や環境問題に取り組んできた京大元教授の石田市民環境研究所所長、安保法制に反対するママの会の発起人の西郷さん、使い捨て時代を考える会創始者の槌田相談役、民主府政の会の梶川京都総評議長が並びました。

 福山さんの基本政策は1・継承か変化かではなく、形象しつつ発展させる。 2・節約か活力ではなく、節約しつつ活力を養う。3・連携か自治ではなく、連携しつつ自治を育む。としています。そのために「~つながる京都~夢をつなぐ・ひとをつなぐ・未来へつなぐ・なりわいをつなぐ」の重点項目を具体的な政策課題にすると話しました。
 例えば「ストップ貧困京都宣言」をもとに貧困実態調査や子どもの医療費無料化、給付型奨学金創設など。「持続可能な循環型経済のための中小企業地域振興基本条例策定」など。
 山田現知事の継承政策を変化させるものとして「高浜・大飯原発の再稼働などの同意権をさらに強力に推し進める」などがあります。


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 選挙の枠組みについてはこれまでの「自公民対共産」という図式を変えるために府民が「つながる」ことを大前提にして、こうした会見をひらくことができたと強調しました。
 マスコミの従来の枠組みで話そうとする記者の質問に対してママの会の西郷さんは「そういうことではないんです。一人一人がつながる選挙、政策でつながる選挙にしたいという思いです」と話していました。

 会場の受付などはママと子どもたちであふれ、質問前の場内ではその雰囲気のままに記念撮影をするという時間もありました。

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立憲民主党京都が原発ゼロ基本法案タウンミーティング [脱原発 脱被曝]

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立憲民主党が2月24日に原発ゼロ基本法案のタウンミーティングを京都市で開催しました。1月下旬から全国16か所での開催。山崎誠エネルギー調査会事務局長がコメンテーターを務めました。法案の骨子は「すみやかに停止し、原発ゼロ(廃炉決定)を実現する」と謳っています。そのために「省エネルギーの徹底」「再生可能エネルギーの最大導入」「新増設、再延長は認めない」「使用済み核燃料再処理と核燃料サイクル事業の中止」「立地地域支援」「電力会社への損失補てん」を行うとしています。
原発ゼロを実現するための方法として
〇総理大臣を本部長とする推進本部の設置
〇ゼロ推進計画の策定
〇期限を切っての法改正
〇原発ゼロにともなう政府の組織の在り方を検討
等を上げています。
この日のミーティングでは
*「院内・院外」の運動をどうするのか。盛り上げが肝心ではないか
*「隣接自治体への当事者としての法律を入れることはできないのか」
*「ゼロという感覚の期間が市民から遅すぎると思わせてしまうのではないか」
などが提起されました。
参加した福山幹事長や山崎議員は「どうしても立法の手続きに5年ほど必要ということを理解してほしい。成立の為何度でも国会に出したいし、原自連との連携や他の野党と共同提出を行いたい。」などと述べました。
 またこれまでのミーティングの結果石油などが輸入できない時の例外での稼働を認めている案から完全に稼働させないに変更されたことの報告もありました。
会場は立ち見が出るほどの盛況となりました。質問者も多くの人が手を上げていました。会場構成的にはミーテイングらしからぬ講演会スタイルでしたが相互やり取りの時間をとれなかったのが残念といえば残念でした。

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高浜原発再稼働を認める大阪高裁決定 [脱原発 脱被曝]

16012903.jpg               ↑高浜原発4号機

 2017年3日28日午後3時。大阪高裁前は「差し止め却下」決定に一瞬支援者も報道陣も静まり返ったかのように感じました。しばらくして400ページにも及ぶという抗告審決定の内容について井戸弁護団長が「3・11以前の判断から一歩も前に出ていない。事故を全く顧みることなく、しかも避難計画を原発規制の対象にしないのは違法とまでは言えないと言及している。司法に対する信頼の絶好のチャンスを逃したのは極めて残念だ」と述べました。

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↑大阪高裁の抗告審決定の報告をする原告団

  昨年(16年)3月の大津地裁が決定した「高浜原発3・4号機の運転差し止め」を大阪高裁が覆した瞬間でした。大津地裁は「随所に債務者(関電)が事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには、福島原発事故の原因究明を徹底的に行うことが不可欠であると断じていました。しかも「この点に意を払わないならば、そしてこのような姿勢が関電と規制委員会の姿勢であるとするならば、そもそも規制委員会基準策定に向かう姿勢に非常な不安を覚えるもの」とまで言い切った決定でした。 今回の決定について詳細を検討した井戸弁護団長は自身のフェイスブックで 「昨日は、大阪高裁に沢山の方々にお集まりいただきありがとうございました。残念な結果ですが、次に向かって進んでいくしかありません。今日は、膨大な大阪高裁決定を読み込みました。その特徴としては、

3.11前に戻った立証責任論。

関西電力が立証すべきことは、高浜原発が新規制基準に適合していることだけで、新規制基準の不合理性の立証は住民に負わせています。福岡高裁宮崎支部決定(川内原発)も、福井地裁異議審決定(高浜原発)も、新規制基準の合理性の立証を電力会社側に負わせていました。大阪高裁決定と同様の考え方は、3.11前の静岡地裁判決(浜岡)、名古屋高裁金沢支部判決(志賀2号機)まで遡る必要があります。これは、伊方最高裁判決の趣旨も捻じ曲げるものです。この立証責任論は、例えば、「新規制基準が策定し、抗告人(関西電力)が実施するテロリズム対策が不合理なものであるとはいえない。」という文章に現れています(もし、立証責任を関西電力に負わせるのなら、「テロ対策が合理的である」と言えなければ、関西電力を負かさなければなりません。)、

 ②福島原発事故被害についての無関心(事故の原因論は述べていますが、被害については、1行も述べていません)。

 ③新規制基準についての絶大な信頼(適合していれば安全)、

 ④住民側の主張の矮小化(切り刻んで、一つ一つ片づけていく、一部は無視)等が指摘できます。残念な結果ですが、次に向かって進んでいくしかありません。原発問題は、私たちの世代でケリをつけなければならない問題ですから。明日の、広島地裁決定に期待しましょう。と書いています。

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↑抗告審の決定を受けるため大阪高裁に入るげんこう・弁護団

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京都工繊大学の名誉教授で退官後も一貫して脱原発運動に取り組んできた木原壮林さんも3月31日のキンカン京都(関電京都支店前路上スタンディング抗議)に姿を見せて高裁決定についてのコメントを配られたのでそのチラシから木原さんの言葉を引用しまします。(右写真はびわ湖デモで訴える木原さん)

 福島事故への反省と新規制基準

 福島で溶け落ちた原子炉はその様子が6年後の今でもわかっていません。しかも事故が大惨事になった真の原因が究明されたとはいい難く地震の発生時期や規模を予測することも不可能なのが科学技術の現状です。なので新規制基準は最新の科学的・技術的知見でも原発の安全運転を保障するものではありません。 

 高裁は、原発に「絶対的安全性」を期待しなくても良いと述べています。しかし、原発事故は万が一にも重大事故を起こしてはなりません。したがって「絶対安全性」が求められます。これが福島の事故に対する結論でしょう。現代科学技術の水準、人為ミス、人の事故対応能力の限界などを考え合わせると、そのような安全性を確保することは不可能なので原発を運転してはならないというべきでしょう。

 基準値震動について

 高裁は新規制基準値に適合している、また震動の策定には合理性検証されている関係式が用いられているので過少とはいえない」としました。関電はこの点について「平均像」で良いと主張して認められたことになります。しかし、地下深く起こる地震は断層面を観察することは困難なのです。また地震の形態は多様なので規模を論理的に推定することは難しいのです。震動は例えば500ガル地震が4回、1500ガルが1回起これば平均値は700ガルとなります。しかし平均からずれた地震はいくらでもあります。住民側が「実際の観測記録は大きくばらついているので、少なくとも最大値をとるべき」と主張してきました。地裁は平均像を主張した関電を退けましたが高裁は覆したことになります。断層は地震が起こって初めて解るもので「未知の深層活断層」と呼ばれてその様子は全く分かっていないので、このような深層活断層を考慮した計算は不可能と言わざるを得ません。

 電力会社の立証責任について

 地裁が「福島事故後にどう安全を強化したのか」を立証するように厳しく求めましたが関電は「新規制基準に合格したから安全」と主張し高裁はこれを認めました。さらに住民が規制委員会の審査と判断が合理性を欠くなら住民がそれを実証せよと述べています。 これは「立証能力が無ければ泣き寝入りしろ」と言っているに等しいのです。裁判制度を根底から揺るがす要求となりました。

最高裁は伊方原発裁判(1992年)で「政府や電力会社が稼働を進めるにあたって、依拠した具体的審査基準、調査審議及び判断の過程等のすべてを示し、判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づいて主張・立証する必要がある」としていました。「それらを尽くさない場合にはその判断に不合理な点があることを事実上認められたとすべきである」とも述べているのです。

新規制基準は事故原因、事故後の炉の内部、汚染水と土壌対策の不十分さに加えて使用済み核燃料の処理方法もなく、地震発生時期や規模の予測も不可能な状況下で作成されたことからして「適合していて安全」というのなら最高裁判決に従って国・関電は安全を立証する責任を果たすべきなのです。

ちなみに規制委員長は「科学技術的に安全を保障したものではない」と自ら述べているのですから住民が差し止めを求めるものなのです。

 原子力災害の避難について

「多重防護の考えに基づいて1層~4層までの安全対策は講じられているので炉心損傷の防止の確実性は高度になっている」と高裁は言います。しかし5層(避難計画など)は「重大事故は起こりえない原発で、放射能が異常放出される事態をあえて想定して講じられる対策であるので新基準が避難計画などの原子力災害対策を規制対象にしないのは妥当」と論じました。

これは大阪高裁が新たな「安全神話」を作ったと言えます。不可能に近い被曝なしでの避難、長期の避難生活の悲惨について議論をするのを避けたことになります。避難の議論をすると原発の運転ができないことを実証してしまうからです。しかも改善の余地はあるものの取り組みなどは不合理が認められないとまで言い切りました。しかし現実は大きな訓練は不可能に近く、訓練を実施した中で天候などで実際には中止に追い込まれました。避難できないのは明らかになっています。それでも高裁は適切であるとしているのです。

まさに福島はこの5層事態が発生した。そのことを事業者はやらなくていいと言ってる(規制委がそこまで求めていない)。解り易く言えば事故が起これば福島のような事態はもう止められない。「想定外」で誰も責任をとらなくていいと言ってるようなもの。

各地で続く差し止め訴訟はこの事態が7年前に起こったから稼働するなと住民は言っているのです。高裁は新規制基準の通りに審査を受けたので稼働は認めるという結論だけど、それを作った委員会の責任者が「安全は保障しない」という矛盾に国民が納得するはずがありません。 

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↑大阪高裁の決定を受けて抗議の声をあげる支援の皆さん 


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報道写真展「バイバイ原発きょうと編」が閉幕 [バイバイ原発京都]

 写真展概要とアンケート.pdf

京都フォトニュースのカメラマン堀内隆喜撮影の写真約150点を集めた「市民メディアの報道写真を見る会」主催の写真展が閉幕しました。バイバイ原発きょうと編」というタイトルを付け2012年から2016年までの5年間の集会やデモ・広場企画を展示しました。

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 下京区の ひとまち交流館1階の展示スペースで1月20日から1月24日の5日間開催され、255人の市民が熱心に見入っていました。展示は各年ごとに区切られ組織・個人を問わずランダムに撮影されたA3判のものが中心でした。加えて第1回目の講演者小出元京大助教のスピーチや福島の避難者の挨拶もテキストとして紹介されていました。

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会場ではアンケートも行われました。また原発賠償京都訴訟の署名も行われて多くの方が署名していました。 カンパ箱にも多くの金額が寄せられました。今年3月に行われる「バイバイ原発3・11きょうと」への大きな弾みになったともいえます。

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市民メディアの報道写真を見る会のアンケートはこちらです。写真展概要とアンケート.pdf


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原爆の語り部米澤さんの「オバマ広島入り」についての声明文 [原子爆弾被爆]

6月4日午後の「戦争法廃止!安倍内閣退陣! 6・4京都大行動」の行われた京都東山区の円山音楽堂の入り口で広島爆心地700メートルで被爆した米澤さんに呼び止められました。2枚のA4用紙を渡されまして「オバマの広島訪問について」と題した声明文でした。日付は2016年5月27日でした。で、読んでいくうちにぜひとも当ニュースで紹介しないと行けないという気持ちになりました。実は数日前の「安保法に反対する19日デモ」でご一緒になり解散後3人で交流会をやりました。その時に「累々とした死体が眠る慰霊碑の前を土足で歩くのは許せない」とお怒りだったのです。

オバマの広島訪問についての全文→オバマ広島訪問pdf 

オバマの広島訪問についての略報

 マスコミは歓迎ムードを作り出した。安倍は失政を覆い隠すため利用した。

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 アメリカの原爆投下の誤りを指摘した多くの指導者は鬼籍に入ってしまった。

 抱擁し涙を流していた森さんという方はアマチュア歴史家で被爆死した米軍捕虜の研究をしていた人らしいが一般には知られておらず、一部の米軍関係者しか知られていないようだ。当時の米軍捕虜を式典に招くとゆう構想だったらしいが森さんが被爆者だったこともあり、登場したようだ。安倍の意向が伺われる。

 戦争終結のための原爆使用説は、当時敗戦必死の日本の状態を見れば嘘であり、トルーマン大統領が戦後政治を見据えた使用であった。

 核の使用は管理が今でもできないことを考えれば、明らかに人類いや地球に対する「犯罪」であり、未来永劫批判されなければならない。

 広島の土の下には、特に爆心近くには無数の骨肉が埋まっている。米軍最高司令官が謝罪なしでしかも土足で下り立ったことは死者に対する冒涜以外のなにものでもない。

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↑米澤さんが使う爆心地図 

 広島の友人が「トルーマンは悪いがオバマはまだ生まれていない。わしらに戦争責任を問うのと同じで納得できん」と言った。日本人の感覚には、自分の父や親せき、兄が犯したアジアの人々に対する戦争犯罪を、終わったことにしようとする風潮が多い。こうした考えが安倍を生み出し、ヘイトスピーチを生み出している。

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オバマは日米同盟の強化とアベノミクスの失敗を糊塗するため来日したと思って間違いないだろう。岩国基地から入り慰霊碑に献花(これは儀礼的なもので哀悼、謝罪ではない)の後、原爆資料館の視察をわずか10分、模型の地図を見る時間もない。被爆者との歓談とやらも屋外でハグし合う程度で全くの素通りであった。

 声明も「核のない世界の実現は私の生きている間は難しい」とは、私のように反核運動を65年以上続けた老人が言うならまだしも、最強の大国の、最初の原爆を落とした国の最高権力を持つ人間の言葉とは思えず、「核廃棄は見込みがありあせん」と正直に告白したとしか思えない。(←写真は京都の関電支店前で原発稼働に抗議する米澤さん)

 

謝罪については彼らの犯罪を隠微したものであり、それでも最近の世論は六分四分ぐらいになっており、オバマ自身がその気になれば謝罪できることである。

原爆も原発も人類滅亡の恐ろしい凶器であり最初に使用した道義的(私は思わない)責任というなら自ら率先し具体的行動で「核」の完全廃棄を行うべきである。 

 私はオバマ大統領の被爆地訪問が、きれいごとで済まされ、安倍のアジア侵略の否定とオバマの世界戦略の忌まわしい同盟が日本のマスコミをはじめ、日本の戦争責任やアメリカの人類に対する犯罪を歴史から葬り去ろうとする流れが許されないと思った                                                                    

2016年5月27日

原子爆弾被爆者 米澤鐵志 

原爆について語った後に 子どもたちとの記念撮影(2015年9月21日)↓

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今も戦争反対や原発反対デモには必ず米澤さんの顔がある(2013年5月31日)↓130531-1830.jpg
 
 米澤さんが語る原子爆弾とは(2015年のママの会での講演から)
 

1)原子爆弾のこと  僕は、爆発の真ん中から750メートル離れた、満員電車の中でお母さんと一緒に被爆(放射線に当たって危険な目に合うこと)した。   広島に落とされた原子爆弾の名前はリトルボーイ(日本語で「小さな男の子」という意味)。その破壊力は、爆発の真ん中から半径2キロより内側の建物は全部焼けてなくなり、全部で4万8千ものたくさんの家が半径5キロまでの中でほとんど壊されて、その影響は7キロまで及んだ。20キロ離れた呉や宮島でもガラスが割れた。

 (2)思い出すいろいろな場面  原爆にあってから家に着くまでに見た地獄のような景色とそれからの出来事

   <電車の中でのようす> 割れたガラスが身体中に刺さる人

   <熱線を浴びたひとのようす> 皮膚が一瞬にして焼きつくされ身体の中まで焼けてしまうほどの熱さ

   ○シャツの黒い点だけが焼けている

   ○中学生の女の子たちのようす

   ○水を求めて川へ入っていく人の様子

   ○黒い雨のこと

   ○ケガをした人たちを助けるためのトラックがやってきたときのようす

   ○駅で見たたくさんのケガをした人のようす

   ○お母さんと妹が死んだときのこと

 (3)奇跡的に生き残った理由  戦争に負けた日次の日から、髪の毛が抜けて、40度を超える熱が出る。

   ○ギュウギュウづめのとても頑丈な鉄でできた満員電車の真ん中にいたから

   ○8階建の福屋百貨店という大きな建物の陰になっていたから

   ○原爆が落ちた後ふる黒い雨に当たらなかったから

   ○その日のうちに広島を離れたから

   ○原爆が落ちたあとの汚れた水を飲まずに済んだから

   ○回虫(お腹に住んでいる虫)を大量に吐いたから 
 


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4年目の「バイバイ原発京都」に2300人が参加 [脱原発 脱被曝]

福島第一原発事故から5年が経過しました。京都の個人個人が主体となって呼びかけた「バイバイ原発きょうと」が始まって(2012310日に1回目)4年目となりました。東山区の円山野外音楽場に約2300人が「脱原発のための集会」とその後市役所前までのデモが行われました。

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棄民政策へ抗議 

 集会では主催者(同実行委員会)を代表して藤井悦子さんが「事故の翌年からオール京都で集会とデモを行って

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きました。今年は高浜原発再稼働運転差し止めという大変うれしいニュースの中での開催となりました。市民の粘り強い行動が司法を動かしたんだと思います。関電など推進派は早速抗告しようとしていますが、私たちは力を尽くして若狭の原発のすべての稼働をやめさせましょう。福島事故は収束せず、10万人以上が避難生活を強いられています。政府は汚染の土地へ人々を返そうとする棄民政策をやっています。私たちは避難の権利の保障を得ていきたいと思います。

   オリンピックまでに避難ゼロにしたい国と県

 主催者に次いで避難者からの訴えを福島市南相馬市から避難してきた福島敦子さんが話しました。途中で原発賠償京都訴訟原告団の二人が「認めて!避難の権利」と「守ろう!子どもの未来」と書かれた幟を演壇の横で持ち訴えたいことを可視化しました。

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福島敦子さんの話

「熱気に満ちたこの場に立ち話をさせていただくことに感謝申し上げます。事故のあった年の4月木津川市に避難してきました。11312日、私は大きな決断を迫られていました。朝7時過ぎ原発による緊急事態宣言が出され職場は避難してきた人たちでちょっとしたコミニュティになっていました。午後家に戻り市役所の防災無線が「原

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発が爆発しました。窓を閉めてください」ということを言いました。15時半を回ったころでした。私は開けっ放しでしたが、隣の方が顔をマスクで覆った姿で「閉めた方がいいですよ」と言いに来ました。夕方娘を実家に迎えに行き、この時「非難脱出しなければならないかな」という意思が芽生えていました。近くで怒号が聞こえ、爆発を携帯でみんな知りましたが近所の方は「逃げないとおばあさんは言うんです」と。こうしてみんな南相馬市民は窓を閉めて家に残りました。私は父母を説得して5人で避難することを決めました。子どもは防空頭巾をかぶっていました。カップラーメンを3つだけ持って何とか逃げました。飯館村に入る少し前から道路は込み始めていました。道の駅あたりは戻れないほどの大渋滞でした。その日村は車のテーランプで真っ赤でした。飯館の隣の川俣村に行きました。渋滞で動かないので警察の駐車場に車を止めて車中泊をすることにしました。凍えながらいると137時に警察の人が飯館村と南相馬市の境にバリケードをはりに行くと聞いて「戻れない」と思った私は福島市へ行くことに決めました。

私がこうして皆様の前で時間を共有していることができるのは12日に避難しなければならないと決断したからです。当時次々と爆発していく状況を東電の吉田所長さんは「すべてがいっぺんに爆発していたら対応できなかった。それで髪の毛1本の奇跡で乗り越えた。」私たち避難者はテレビを見ていましたが、次々と爆発することで「死」を覚悟しました。

原発事故が起きたとき死を覚悟することがある 

原発事故が起きたとき死を覚悟することがある。そして大きな決断は自分でしなければならない。それをお伝えしたいと思います。私が世話人をしている第10回の脱原発訴訟の口頭弁論があります。これは大飯原発差し止めの裁判です。315日です。先日高浜原発の差し止めが決まりました。これは福井と大津の原告や皆さんの努力の連携プレイだと思っています。3000人の原告をまとめる竹本さんは原発を止める3人目の裁判官は京都地裁から出したいと力強く話しています。1320分に傍聴券の配布が始まります。

もう一つ重要な裁判があります。私たち京都に避難する家族が原告になって東電と国を相手に「今後の施策をを講じるよう、そして避難の権利を」訴えています。大阪でも兵庫でも行って大きなうねりになっている裁判です。京都地裁の裁判は3251020分集合になっています。

これは強制的な帰還政策がすすんでオリンピックまでは避難者ゼロということにしたい福島県と国にうまく消されそうになっている私たちが闘ってるんです。福島県では被ばく問題がターブー視されて土壌汚染の深刻さも世界一です。人権侵害と無関心という中で闘っています。私たちは世界最大の公害に立ち向かう同志です。原発の稼働無き日本の未来を可能にしたいと思います。ありがとうございました。

 立地自治体の万能の権利を否定した大津地裁の差し止め決定

 原発なしで暮らしたい丹波の会代表児玉正人さんの話

京都北部を舞台にして人と人をつなぎ北部の脱原発の動きを強くするために活動しています。9日大津地裁は「30~70キロに住まいする滋賀県民29人の高浜原発の稼働差し止め請求」を受け入れました。共に喜びたいと思

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います。 近々名古屋地裁において老朽原発高浜1・2号機の差し止め裁判が始まります。そして大津地裁の差し止め決定は大きなふたつの内容をもっています。ひとつは福井県知事や高浜町長が「同意」と一言発すれば原発を動かせるという「同意権」を独占してきた立地自治体の万能の権利を否定し、被曝するすべての住民に同意する権利・拒否する権利があるのだということを明確にしたことです。

二つ目は新規制基準なるものが極めていかがわしいものであることをはっきりと示しました。新規制基準に合格すれば科学的に安全が保障されるということはもはや成り立たないのであります。その中でも特に避難の問題に光を当ててくれました。北部の私たちが逃げられないことを訴えてこの決定を支えていきたいと思います。

妊婦はWHOでさえ10ミリシーベルトなのに国は30倍で被曝強要

京都北部の避難の問題を申し上げます。30キロ圏内は逃げられません。逃がさせないというのが避難計画です。30キロ圏外は避難するところがありません。安定ヨウ素剤は飲ませません。被爆するのに任せるというのが現実です。そして30キロ圏内にはヨウソ剤が1本しかありません。事故が起これば逆走して配って回るというのです。滋賀県が配ってあるものを京都府はかたくなに拒んでいます。絶対にヨウ素剤は届きません。避難はできません。このことを南部の皆さんにも共有していただきたいと思います。

 もう一つ除染の基準についてであります。国の指針によると50ミリシーベルトという国際基準を大きく超えて6倍の300ミリシーベルトまで除染を認めないということです。つまり除染しないということです。18歳の子どもたち、妊婦はWHOでさえ10ミリシーベルトと定めています。この30倍まで被ばくを強要して除染せずに逃がすというのです。しかもその除染とはどんなものか。濡れティシュで拭くんですよ。衣服は、はたくんです。したがって放射能は避難先に持ち込まれます。つまり京都市、宇治市、精華町の皆さんが受け入れると放射能が持ち込まれることになります。したがって琵琶湖の水が汚染されるということだけではないのです。

 60キロ圏が汚染されれば京都府の三分の二が被ばくするということです。世界遺産やあらゆる資源が失われます。京都府は半ば消滅するんです。このような危機感が5年たってもし薄れてきたとしたら改めて決意し闘いを再開すべきだと思います。原発はすべて動かしてはいけないんだということを今日の合意としてみなさんと共有したいと思います。

次いで元TBSのジャーナリストで福島から避難してきた秋山豊寛さんが話しました。さらに関学教授のパク・スンジュさんが電力自由化を迎えるにあたって何をすべきかを講演。

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秋山さんの話の動画             パクさん講演動画16031212.jpg

 

 

 

 

 

 

 

講演の後はリオク&中川敬さんの楽しいライブが満席の観客を沸かせました。そして集会決議を採択し、60万円を超えるカンパがあったことが報告されました。

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集会議決案と集会賛同人 PDFバイバイ原発3・12京都決議文.pdf

集会の後京都市役所前までデモ行進をしました。市民個人に加え多くの団体も賛同していることもあって様々なアピールが工夫されていました。とくにサウンドを主体としたグループや子供がおそろいのユニホームで先頭を歩くグループ などが注目をあびていました。

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